子育ては科学実験だ
助産院での出産記録

【初産は助産院で!出産レポ⑦】退院の日。どうしよう、病院のロビーで突然涙が止まらない

続きです。

赤ちゃん、NICU(新生児集中治療室)にて驚異の回復力

無事に大きな産声をあげてくれた赤ちゃんでしたが、呼吸の乱れがあり、出産2時間後に『胎便吸引症候群』と診断されました。

お薬にはなるべく頼りたくないという考えの私でしたが、治療することに同意し、娘の治療が開始されました。

3日間、呼吸が乱れた状態でした。

手の甲に刺さっている点滴が漏れて小さな小さな手の甲が紫色に変色していたり、足の裏から太ももまで血管に管を通され、その姿に目を塞ぎたくなるような思いでした。

NICUで娘に会うたびに私はこらえられない涙をスタッフさんに見られないようひっそりと流しました。

それから医師やスタッフさんの懸命な治療のおかげで4日目あたりから症状の回復が明らかに見られました。

酸素濃度の高いケースの中ではありましたが、呼吸が安定し、穏やかな表情になっています。

6日目、母乳をあげられるほどに回復

産まれて4日目、母乳を哺乳瓶であげられるようになりました。

私は3時間に1回搾乳を行い、50mlほどの母乳を袋に入れて都度NICUへ届けます。スタッフの方が数分の狂いもなく、定期的に母乳をあげてくれていることに安心していました。

6日目には酸素濃度を調整されたケースから外へ出て、私達と同じ空間でも安定して呼吸ができるようなり、ついに直接母乳をあげることができるようになりました。

その喜びを言葉にするのは、困難なほど。このとき私は、表現できる言葉には限界があり、また言葉は頼りないものだと知りました。

この一週間の間、1日に何度も娘の症状や表情に一喜一憂。
その感情の波が必要以上に激しかったように思います。(産後だから?)

7日目には、NICUにいた赤ちゃんが回復してきたら移動する部屋『GCU(回復治療室)』に移動し、いよいよ退院が近づいてきたと実感が湧いてきます。

血液・心拍なども問題なし。
産まれたときの体重が3400gで、そこから順調に体重も増えて、母乳も問題なく飲めることから医師が退院を早めてくださることに。

結果、当初娘は2週間の入院予定と言われていましたが、超スピード回復で8日目で退院となりました。

私は1日早く退院していましたが、ほぼ同時に退院できるなんて思っていませんでしたので本当に先生方のおかげだと感謝の気持ちでいっぱいになりました。

裏話ですが、辛かったのは私の身の周りのこと

完全に誤算でした。

いや、違います。これはちゃんと考えていれば対策できたことでした。

私は入院している1週間、身の回りのお世話をしてくれる人がいなかったんです( ;∀;)

出産は全治3ヵ月の交通事故に遭ったようなもの、と言われることもあるほど体への衝撃があります。

私は3ヵ月どころか1年動けないんじゃないかと思いました。

満身創痍、丸2日は寝たきりでした。トイレと食事以外起き上がることもせず、真っ暗な部屋でひたすら寝ていました。また、陣痛の苦しみをまだ引きずっていて、暗い気持ちがまだ晴れないでいました。

出産前は『出産直後から同室で、いつでも授乳できるようにしたい』なんて言っていました。が、ぜっっっ・・・・・たいに無理でした。目を開けるのも、動くのも無理な状況でニコニコしながら赤ちゃんを抱っこなんてできません!

NICUでは24時間体制で新生児の心拍数などを管理しており、またスタッフさんは徹底して衛生面に注意していました。それがどれだけ有難かったことでしょうか。

そのおかげで私は回復に専念することができました。

しかしですね。

私には洗濯や必要なものの買い出しをお願いする人が誰もいなかったんです。

それでも2日も着た汗だくのパジャマを着替えしたく、傷だらけの身体を引きずりながら3日目には大病院の中の案内板を見ながらランドリールームを目指しました。

売店に行き、水を買いに行きました。

歩くのが本当に辛い。50m3分くらいのスピードでしか歩けません。

部屋に戻るとき『”もしものとき”を想定しておけばよかった』と心から反省しました。

助産院で産めなかった場合、運ばれる大病院がどこにあるかはもちろん主人も両親も把握していましたが、身の回りのお世話についてはなんの話し合いもしていませんでした。

『私は絶対に助産院で産むんだ』と信じ、大病院に運ばれることを考えたくありませんでした。信じるのは良いことかもしれませんが、それでも万が一があり、対策は必要なんだと猛省した次第です。

病院の場所的にもすぐに来れる身内はおらず、唯一来れる予定だった姉は子供の風邪で来れなくなりました。

精神的に辛い想いをし、自分を過信することはやめようと、人生勉強になった出来事でもありました。

退院の日、味わったことのない感情を経験する

ついに退院の日。

苦しそうな表情もなく、穏やかな表情の娘。

前日に沐浴の練習をして、自分が母になった実感が少しずつ湧いています。

主人と共に、医師やスタッフさん、娘を取り上げてくださった若い助産師さんに感謝を伝え病棟を出ました。

主人がロビーに車をつけてくれると言ったので、病院の出口の長椅子に私はたった3.5キロの小さな娘を落とさないように大事に大事に抱っこして座って待ちます。

そのとき、眠っている娘の顔を見て「よくがんばったね。退院できるよ」と声をかけた途端に涙が溢れ、止まらなくなり、慌てました。

死ぬ思いの陣痛から出産、娘がNICUに入っている日々のことが思い出され、味わったことのない嬉しい感情や辛い感情、また多くの方の協力に感謝しきれない気持ちが一気に押し寄せた結果でした。

8日間で感情のジェットコースターを連続20周したようなものです。

どうにか涙を抑えたいけど、とめどなく溢れてきます。

車から降りてきた主人が一言。
「ここ(退院)で(涙が)出てきちゃったんだね」

頷き、ただただ、嬉しい気持ちでした。

初めての娘の外出に私達はドキドキしながら里帰りの為実家に向かいました。

1時間後、”待ってました!”と言わんばかりの両親の歓迎にホッとしつつ、この日私は子育ての一歩を踏み出しました。

続きます。

次回はいよいよ一人目出産の記録のまとめです。

読んでくださりありがとうございました(^^)